一般に心身に不快な症状をもたらすことをストレスと呼ばれていますが、ストレスが非常に強い心的な衝撃を与える場合、その体験が過ぎ去った後も、体験が記憶の中に残って、精神的な影響を与え続けることがあります。
このようにしてもたらされた心理的、心身症的な症状を、特に心的なトラウマ(心的外傷)と呼んでいます。つまり、心的トラウマは、強烈なストレスによってもたらされた精神的な後遺症だということができます。
でも、なぜそのような後遺症が起こるのでしょう?どんなメカニズムでトラウマが起こるのでしょう?このブログでは、トラウマのことを理解する為に、そんなことを考えたいと思います。その為には、まず、そもそもストレスとは何かを理解する必要があります。
目次
I. ストレスとの関係
1.ストレスとは何か?
ストレスとは何かを初めて定義したのは、カナダ人のハンス・セリエ博士です。 博士は、1930年代に、外部から不快な刺激を受けると、生体内に特定の同じホルモンが増大すること、そして、このホルモンの増大は刺激の種類を問わず同一であることを発見しました。博士はストレス的な刺激に対する身体の生理的反応について研究と発表を重ね、「ストレス」という言葉が広く世界に認知されるようになりました。博士によるストレスの定義は、「ストレッサー(ストレス要因)、或いは要求に対する生体の反応である」というものです。
2.ストレスのメカニズム
ストレス的な刺激を受けると、身体は防衛の為の反応メカニズムを発動して、他の成長の為のメカニズムや修復の為のメカニズムよりも、生存を脅かすものから守る方を優先させます。これによって、身体の成長や修復が後回しになるということになります。また、防衛のメカニズムを優先させて、解毒の作用も中断します。
また、身体は、HPA 系というシステムを通してストレスに応答して、外敵や脅威から自分を守ります。ひとたびHPA系が発動すると、免疫システムが抑制されます。ですから、常にHPA系が発動されている状態は、免疫システムを阻害し、結果的に健康を損なうことになるのです。
更に、HPA系が発動されると、「闘争・逃走」という反応を発動させて、体内のアドレナリンとコルチゾールの量を増やし、行動を起こさせるように身体を準備させます。この為、消化器系の血管が収縮して腕や脚に血液を送ることになるので、消化、吸収、排出の問題が生じることになります。またコルチゾールレベルの継続的な上昇は、肥満や、記憶力、学習能力の低下、骨や筋肉の減少に結びつくと言われています。
3.ストレスの原因
ストレスは、このような、身体レベルの反応を引き起こすわけですが、そのストレスにも、結婚、引っ越し、スポーツなどの快のストレスと、トラウマ的な出来事から引き起こされる不快のストレスがあります。そして、問題となるのは、後者のストレスです。
以下では、トラウマ的な出来事から引き起こされるストレスがトラウマになるメカニズムを見ていきます。
II. トラウマとは?
1.トラウマの定義
一般的に、トラウマとは、トラウマ的な出来事に対する上に述べたような 反応が、一過性ではなく、事後も引き続き、その体験と同じ恐怖や不快感をもたらし続ける心理生理的な体験だ、と言うことができます。
より綿密に言うと、トラウマ的な出来事を事後も引き続き持続するものを、外傷後ストレス(PTS)と呼び、PTSが高レベルとなって日常的な機能不全状態になったものを外傷後ストレス障害(PTSD)と呼びます。
2.トラウマの原因
多くの出来事が、本人がそれをどのように体験したかによって、後の人生においてトラウマ的な反応を引き起こす可能性があります。トラウマを引き起こす原因となる出来事には、以下のようなものがあります。
- 子宮内での胎児トラウマ
- 誕生時のトラウマ
- 親や身近な家族を失うこと
- 病気、高熱、中毒事故
- 落下や事故を含む身体の負傷
- 重度の育児放棄や暴行を含む、性的、身体的、心理的虐待
- 暴力を目撃すること
- 地震、火事、洪水などの自然災害
- 医療、歯科治療の処置、手術
- 長期間の固定、幼児の足や胴体をギブスや添え木で固定すること
(ピーター・リヴァイン 、日本語訳、2008年、pp. 65-66)
このようなトラウマ的な出来事を体験しても、それがそのまま心的外傷後ストレス障害(PTSD)の発症につながるかどうかは、個々の状況によって異なるようです。実際には、PTSDの発症に至るのは、トラウマ的な出来事を経験した20~25パーセントの人だけだと言われています。むしろPTSDは、様々なトラウマ反応の一つのかたちであるということができます。
しかし、これらのトラウマ的な出来事は、PTSDといった形の心身障害として影響を及ぼすのではなくても、人生の青写真を作る「コアビリーフ」を形成するのに十分な体験となることは大いにあるのです。これについては、別のブログでお話ししています。こちらの記事をご参照ください。
3.トラウマ反応と症状
初期のトラウマ反応
トラウマ反応の中核的なもの、つまり、トラウマ的な出来事を体験した場合に最初に発現する症状には、4つの要素があると考えられています(ピーター・リヴァイン 、日本語訳、2008年、pp. 152-166)
- 過覚醒(かかくせい):動機や速い呼吸、同様、睡眠困難、緊張、筋肉の震え、駆け巡る思考、不安発作。
- 狭窄(きょうさく):生死にかかわる状況に対処するとき、 神経系は、私達の行為が最も適切な方法でその脅威に集中できるように機能します。また、周りの環境に対する知覚的な気づきも狭窄して、全ての注意は脅威に向けられる。
- 解離(かいり):トラウマの苦痛から身を守る為に、一時的に身体から出てしまうこと。時間と知覚の歪み、否認、身体の不調などで現れる。
- 無力感に伴う凍りつき(硬直):極度の危険に対する普遍的な生物的反応で、動くことも、叫ぶことも、感じることもできなくなること。
典型的なトラウマの症状
下記の症状は典型的なトラウマ反応です。
通常、このようなトラウマ反応は、トラウマ的な出来事が終わった後に消えるべきものなのですが、それらが事後も長期にわたって続く場合、PTSDと診断されます。
- 再体験:侵入的イメージ、思考、夢、幻覚、フラッシュバック、トリガーによって自分の意思とは関係なく出来事が呼び起こされる。
- 回避:思考プロセスや感情表現や人間関係、活動を制限する、或いは、出来事の一部もしくは全てを遮断してトラウマ的な出来事を思い出すことを回避する。回避は依存症や中毒症状、暴力を引き起こる要因となります。
- 過覚醒:誇張的な驚愕反射、異常な警戒状態、集中力の欠如、睡眠障害、不安障害などの情緒不安定。
- その他:友人や家族との接触を中断することを含む日常生活の質を損なったり、責任ある役割を正常に機能する能力を損なうこと。
(バペット・ロスチャイルド、日本語訳、2015年、p. 19)
PTSDの診断
PTSDの診断には、上に書いたような症状が少なくとも1ヵ月の間、続くことが必要です。症状が3ヵ月以上継続する場合、状態は慢性的なものと見なされます。症状が出来事から少なくとも6ヵ月後に発生する場合、遅発性PTSDと診断されます。遅発性PTSDには、子供時代のトラウマに起源があって大人になって初めて発症する障害も含まれます。
III. トラウマ形成のメカニズム
トラウマ的な出来事によって生存の危険を察知すると、私達の身体は、自分自身を守る為に、①戦うか、②逃げるか、それとも③凍りつくかの反応で対処します。
1.まずは「闘争・逃走」反応
私達がトラウマ的な出来事に直面したとき、正常な防衛反応として、自分を守るために戦おうとする「闘争反応」か、或いは、戦ったら自分が負ける、死んでしまうかもしれない場合、「逃避反応」を取ります。
脅威や危険に直面することは、 生存に関わるものであるため、脳の最も基底的な部分である脳幹と大脳辺縁系を使って、本能的な対応のメカニズムを発動して、生き残りに必要な行動に焦点を当てるわけです。この際に発動するメカニズムが、ストレスのところでも説明したHPA系の発動です。
脅威を知覚すると、大脳辺縁系は扁桃体に警告をならします。そこから視床下部にシグナルが送られ、交感神経が優位になり、副腎からアドレナリンが増大して、戦うか、逃げるという動作を準備させます。
そして、ストレス状態が終了すると、副腎から出るコルチゾールによって、警告反応を停止させ、身体が副交感神経優位な状態に戻ります。
2.「凍りつき」反応後のメカニズム
しかし、上述の「闘争・逃走」反応で対処ができない場合、私達の反応は「凍りつき」反応へ移行します。つまり、闘うことも逃げることもできない時、身体は感覚を麻痺させたり、意識や感情を凍らせたり、意識の部分だけ全体から切り離したり、ということが起こります。硬直して、動くことも、叫ぶことも、感じることもできなくなったりするわけです。
動物は、この硬直で動かなくなることで、捕食動物の犠牲になることから逃れることが可能になります。また、死に際の苦痛を最小限にする鎮痛の手段でもあります。 動物の場合、危険が過ぎると、 硬直によって神経系の中に取り込まされた過剰エネルギーを、身震いや震えや発汗によって解放して、「凍りつき」反応から出てきます。こうしてトラウマの反応は完了するのです。
ところが、人間の場合、大脳新皮質(理性脳)がそのようなプロセスの邪魔をして、この本能サイクルが完了できなくなってしまうのです。そしてこれが、トラウマが形成される原因なのです。
凍りつき反応では、身体は本能的に収縮します。身体が収縮すると、闘争か逃走で解放されたであろうエネルギーは、神経系の中に固定されます。更に、恐怖や不安や怒りや無力感という感情が、その過剰なエネルギーにしっかり結びついて、そのエネルギーは神経系の中に閉じ込められてしまうのです。その結果、恐怖と硬直の悪循環が起こり、凍りつき反応(硬直反応)の自然な完了を妨げることになります。
つまり・・・
凍りつき反応が解除されない
⇒危険は終わったと判断されない
⇒脳は危険な状態が続いていると判断した状態のままになる
(コルチゾールの生産の欠乏)
⇒交換神経が優位のままになる
⇒トラウマ的な出来事を体験したのと同じ状態(過覚醒、狭窄、解離)が続く
ということになります。
この際、脳が危険な状態が続いていると判断した状態のままになっていることから、腎臓は警告反応を停止させるだけのコルチゾールを放出しないということが明らかになっています。今度は、コルチゾールの生産の欠乏によって、警告反応は止まることなく継続していくことになる、ということです。
また、この凍りつき反応の際、トラウマ的な体験の全ての情報(感情、思考、音、光景、匂い、身体の感覚、光景など)が、身体に取り込まれます。これがトリガーになって、トラウマ的な症状を引き起こすことにもなるわけです。
更に、トラウマを受けた人は多くの場合、怒りなど攻撃性へ向かう衝動はあまりに恐ろしいので、外に向かって表現するのではなく、内側に向けて、その硬直を保ちます。この内側に抑えつけられたエネルギーは不安抑鬱や様々な外傷後ストレス症状として表れます。
このようなメカニズムによって、トラウマの症状が継続し、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の発症へとつながるわけです。
IV. トラウマの治療法
私達は、このブログで、トラウマについて、以下のように理解しました。①トラウマ的な出来事に直面した際の反応の3番目の反応である「凍りつき」反応が解除されず、脳が継続的に危険な状態にあると反応してしまう状態であるということ。②またそれは、凍りつき反応によって、過剰なエネルギーや、トラウマ的な体験の情報が、身体に取り込まれたまま硬直してしまった状態であるということ。
そして、そのように過剰なエネルギーが、その時の光景や身体の感覚、音、匂いなど、全ての情報と共に、身体に取り込まれてとじ込められてしまい、解放されないまま、「解離」によって、顕在意識の記憶からは、封じ込みや歪曲が起こることになります。
そのようなエネルギーは身体のどこかに存在したままになり、生体は、そのエネルギーが持つ情報、つまり、トラウマ的な「記憶」に反応し続けて、トラウマ症状を継続させていくわけです。こうして、私達が何が起こったか、忘れてしまっても、身体はトラウマ的な体験に繫がる情報に反応して、トラウマの症状を引き起こしたりするのです。
1.身体に蓄積されたエネルギーの解放
このようにトラウマのメカニズムを理解すると、効果的なトラウマ治療の方法としてまず考えられるのは、過剰なエネルギーを解放することです。
従って、治療法として第一に考えられるのは、身体の深いレベルにとじ込められたエネルギーを解放することです。PTSDの治療法として開発された「トラウマ解放エクササイズ」や、ヨガ、ダンスなどによって、身体に蓄積されたエネルギーを解放していく方法は、効果あることが確認されています。
また、「ソマティック・エクスペリエンス」といった、身体からのアプローチによる心理セラピーは、トラウマ治療に特化したセラピーとして当然効果があります。
トラウマ体験によって作られた脳神経の結びつきを切り離すEMDRや、脳神経言語によるアプローチも非常に効果があり、私もセッションで活用しています。
2.エネルギー場と潜在意識へのアプローチ
ところで、身体に取り込まれたエネルギーと情報は、一体、身体のどこに存在するのでしょうか?これは、一言で言うと、人間のエネルギー場に保存される、という理解を、私は取っています。
近年、量子物理学や細胞生理学、そして、エピジェネティクスといった研究領域で、人間のエネルギー場、潜在意識、意識と、身体との関係について、新たな理解がもたらされてきており、トラウマの効果的な治療に貢献しています。
トラウマを克服して新しい変容の為の鍵は、トラウマの結果起こることをエネルギーの波動のレベルから理解し、そのレベルからアプローチすることにあります。
具体的には、例えば、精妙な波動のエナジーワークによって、トラウマのエネルギーを中和すること。そして、内なるリソースによって、トラウマの記憶を書き換えて、その波動によって、トラウマの体験のエネルギーの質を変換させて、エネルギー場に統合することだと言えます。このレベルからのアプローチは、永続的な効果があるということは確かです。私が提供しているセッションは、このレベルのスキルやメソッドを基礎にしています。
3.今後の方向性
トラウマの真の克服は、トラウマを体験する前の状態に戻る、ということではなく、トラウマの体験を強さにした新しい状態に変容するということによって達成されます。それを可能にするのは、上で述べたように、人間を精妙なエネルギー場のレベルから理解し、トラウマのメカニズムもそのレベルから理解することによってこそ可能です。
このアプローチによるトラウマの克服は、実践面では数多くの実証例が蓄積されつつありますが、それを科学的に説明することにおいては、今後の更なる研究の蓄積が期待されます。現在利用可能な研究を基にした説明は、また別のブログ記事に書きたいと思います。
トラウマ克服の為の諸療法については、別のブログ記事(「トラウマの克服方法」)で説明していますので、ぜひご一読ください。
もしあなたが、何か心理的な問題・悩みを抱えているのであれば、どうぞお気軽にお問い合わせください。
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参考文献
- Babette Rothschild (2000). The Psychoshysiology of Trauma and Trauma Treatment. [久保隆司訳『PTSDとトラウマの心理療法』創元社、2009年]
- Babette Rothschild (2011). Trauma Essentials: The Go-To Guide. [久保隆司訳『PTSDとトラウマの基礎知識』創元社、2015年]
- 厚生労働省 精神・神経疾患研究委託費外傷ストレス関連障害の病態と治療ガイドラインに関する研究班 主任研究者金吉晴『心的トラウマの理解とケア』じほう、2001年
- Peter A. Levine (1997). Waking the Tiger-Healing Trauma. [藤原千枝子訳、『心と身体をつなぐトラウマセラピー』雲母書房、2008年]